しろ日記

かけだし生物学者の留学日記

169日目

現ラボからは論文があまり出ない。
理由の一つとして、扱っている研究対象が難しく、攻めあぐねているということはあるのだが、最大の理由はボスの考え方にある。

先に前ラボ(UTの方)の話をしておこう。前ラボのボスは、論文を驚くべき早さで量産していた。ハイインパクトな研究から、???と思う研究まで、全て、だ。その理由はとても納得のいくもので、科研費を使って行った研究である以上、実験データを全て世に公開することが何よりの誠意だと、そう仰っていたのを聞いたことがある。素晴らしい、の一言だ。これ以上の振る舞いはないのではないか。


一方で、ジルはたとえデータが溜まっていても論文を書かない。その研究がサイエンスを大きく前進させるという確信がない限り投稿しないと決めているのだ。たとえポスドクがデータを大量に持ってきても、平気で切り捨てる。データがあったのに論文を出せず、アカデミアの世界を去った人が何人もいると聞いて、はじめは怖くなって震えていた。
前ボスの方が大衆への理由も全うだし、ポスドクや学生のためにもなるような気がする。ジルはなぜインパクトの低い、小さな仕事を論文にしないのだろう。
その理由は、ジルがジルであるから、だそうだ。ドイツ国は、ジルに、ジルにしかできない仕事をしてもらうことを期待して巨額の投資をし、MPIのヘッドとしてアメリカから引っ張ってきた。小さな論文を書くことなど誰も望んでおらず、とにかくすごい仕事をしてほしい、というのがお上の意向、そして民意らしいのだ。小さな論文を書いている時間があったらその時間を使って探索実験の時間を増やし、大きな仕事を発芽させることに注力すべきだと、本人も考えているらしい。この考えにもすごく納得がいった。
また、その研究機関から出た論文中の何%がハイインパクトジャーナルか、という数字もその研究機関のレベルを評価する上で重要な指標となっていると聞いた。ちなみに昨年はR研が5%、MPIが6.5%で、どちらも世界ではかなり上位につけているらしい(←M本理事長から直接聞いた)。R研の前センター長が、Neuron以上じゃないと価値がない、と言い続けていたのはそういう理由もあったのかもしれない。

前ボスとジル、どちらもサイエンティストのお手本のような指導者だ。自分が将来どうなっているかはわからないが、もしかしたら小さな仕事しかできないような研究者になっていることだってありえるが、科学を前進させられるような仕事ができるよう、腐らずに頑張っていきたい。